私は、この5年の間に母、父、祖父を亡くしました。
その衝撃はとても大きく、色あざやかな目の前の色が一瞬でなくなり、思考も停止してしまい何をすればいいのかさえわからなくなってしまったのを覚えています。
大切に思っている人の死はどうせなら体験したくないものですが、死というのは突然にやってきます。
それでも残された人は前をむいて生きていくしかありません。

【両親を見送った経験から】大切な人の死から心を癒すためにやったこと
大切な人の死から心を癒すためにやったことは以下の5つです
心を癒すためにやったこと
- 自分の生活をする必要があることを利用する
- 亡くなった悲しみを聞いてくれる人の存在に癒される
- 時間が止まってはくれないことを利用する
- 人間が持っている記憶を忘れていく力を利用する
- 大切な人への自分の思いを利用する
私は、母や父、祖父を亡くしてすぐは悲しくて涙を流すことがありました。
でも、今は変わり者の父の話をして笑ったり、母の得意だった料理の話をしたり、祖父の残した名言にみんなで笑ったりできるようになりました。
具体的に私がどのようなことをやったのか以下に解説します。
1,自分の生活をする必要があることを利用する

それはどうしてかというと、大切な人を亡くしたからといって今まで築いてきた自分の生活もなくなるわけではないからです。
大切な人を亡くしても、心が辛く悲しくても「自分の生活」というのはそのまま続いていきます。
それは、自分の生活をする必要があるということに、無理やり自分の身を置くことで、大切な人を亡くしたということを考えない時間を作ることができます。
具体例
私には、2人の息子がいます。
母が亡くなったのは5年前なので、まだ子供たちは小さく一人前とは言えない年齢のため、私は母親としてフォローしてあげる必要がありました。
大切な人を亡くし悲しい気持ちだけど、そんな中でも二人の息子たちを育てる責任が私にはあるんですよね。
息子たちの学校のこと、食事に洗濯などやらないといけないことはたくさんあります。
そして何より「人は時期を選んで亡くなるわけではない」ということが自分の生活へ影響します。
私の場合は、実家が遠方なので、息子たちの学校は長めに休む必要がありました。
遠方に実家がある人は移動だけでも時間がかかるので仕方のない事です。
でも、息子たちが学校を休んでいる間、授業は休みになるわけではありませんよね。
大きな行事の準備期間のような時期にたまたまお休みした期間が重なった事もあり、家庭で準備するものもあったりしますが、私がそれを知ったのは自宅に戻ってきてからです。
自分の気持ちとは裏腹に、行事に向けての準備物を揃えたりする必要がありバタバタしたのを覚えています。
そのため、自分が考えていたよりもずっと早くに現実の世界に引き戻される結果となりました。
また、息子たちも練習が出来ていない状態で本番を迎えるためのそのフォローも必要でした。
行事当日は、まだ葬式明け何日のらぴももたんでしたが、らぴももたんが大切な人を亡くしたことを知らない会う人会う人に、「私は大切な人を亡くしました」なんて説明しませんよね。
亡くなったことを知らない人の前では平静を装って過ごすことも必要だったりするんですよね。
その当時は気持ちがついていかずにしんどかったけれど、今となってはこれが良かったのだと思います。
結果的に亡くなった人のことを考えるということから早めに解放される時間ができることなり、悲しみが癒えていくきっかけになりました。
自分の生活があるのでその流れに身をまかしてしまうのも大切な人の死から心を癒すための一つの方法です。
2,亡くなった悲しみを聞いてくれる人の存在に癒される

どうしてかというと、悲しみが大きすぎて一人では支えきれないからです。
具体例
私には、私の気持ちをよく理解してくれる旦那がいます。
何も言わずただただ、私の話を聞いてくれていたのを覚えています。
それは、それは何回も、何日も聞いてくれました。
そして、私のことを心配してくれる友達がいました。
私の話を涙しながら聞いてくれる子、手紙をくれた子、電話してきてくれた子。
話をすると心の悲しみが癒やされるのを感じました。
悲しい時、一人では頑張れない気持ちの時、そんな時こそ「現実の世界で心に寄り添ってくれる人の存在」というのはとても大きいものがあります。
同じようにその悲しみを背負ってくれる人の存在に救われます。
3,時間は止まってはくれないことを利用する

それはどうしてかというと、大切な人を亡くしたからといって時間は止まらないからです。
そんなのあたり前と思われるでしょうが、らぴももたんは亡くなった事実を聞いた時には時間が止まってしまったような感覚に襲われました。
大切な人を亡くすというのはそれだけ心に大きな衝撃を受けるものなんです。
でも、大切な人を亡くした日のまま時間が止まっていたらどうでしょうか?
私の悲しみが癒えていくということはなかったでしょう。
どんなに悲しくても時間は止まってくれず、大切な人がいなくても1年、2年と過ぎていき、自分の意思とは関係ないところで時間は流れていってしまいます。
でも、この「自分でコントロールがきかない時間の経過にこころを救われる」のです。
具体例
「いつの間にか5年たっていた」ということに気づいたらぴももたんは、「大切な人がいない時間を5年過ごせた」という事実に気づきました。
その事実が「もう大切な人はこの世にいないのだ!!その事実は変わらない。」ということを鮮明に自分に伝えてくるように感じます。
そして、大切な人がいなくても5年過ごしてこれたんだ、「頑張ったな〜私」という気持ちになりました。
時間が止まらずに流れていてくれること、そこにも心を癒やしてくれるものがあります。
4,人間が持っている記憶を忘れていく力を利用する

それはどうしてかというと、嫌な記憶を鮮明に覚えておかなくていいからです。
大切な人を亡くすということは人生の中でも衝撃の大きな出来事なので、忘れられずに記憶にどうしても残ってしまいます。
でも、亡くなったことを聞いた瞬間など鮮明に覚えているところはあるけれど、亡くなって数日の動きを細かくいいなさいと言われると抜け落ちた部分があります。
それは、ところどころあやふやになった記憶があるからです。
人間が元々もっている「忘れていく力」も、悲しみを乗り越える時には必要なものです。
記憶力が良い人は、なかなか忘れられず悲しいのかもしれませんが、時間の経過というのは凄いもので、鮮明だった記憶が少しづつではありますが、曖昧になります。
あなたにとっても今自分の中に忘れられず残る記憶というものは、インパクトの大きかったものではないですか?
悲しい体験はもちろんですが、楽しい体験も記憶として残っていますよね。
具体例
私は、忘れず覚えている記憶の中の楽しい経験が悲しい体験より多いことに気づきました。
私は、父とは関係性が良好というわけではありませんでした。それでも、思い出すと笑えるエピソードがいっぱいあります。
父の変な性格でさえも今では笑い話になります。
テスト勉強をしていた時には、「どうして忘れるんだろう?」なんて嫌な思いしかしなかったけれど、忘れるということも案外いいものです。
5,大切な人への自分の思いを利用する

それはどうしてかというと、亡くなった人のことを亡くなってからも大事に思っているからです。
具体例
私が悲しんでいる状況を、母や父、祖父は空の上から心配して見ているのだろうな〜なんて考えると…。
「あまり悲しんでいると心配して成仏できないよ〜」なんて言葉を本気で信じているわけではないです。
そうではなく、亡くなった母、父、祖父に、「残りの人生を頑張って生きたよ!」って報告出来るように生きたいなと思うようになりました。
それは、亡くなった人を大切に思うからですよね。
大切な人を亡くし悲しい気持ちになるのは、その人のことをとても大事に思っているからです。
私が笑っていると、母も父も祖父も嬉しそうでした。
それをよく知っているので、泣いて過ごすよりも笑って過ごそうと思うことが出来たのも気持ちが前に進んだ理由です。
きっと、父も母も祖父も笑って見ていてくれるのではないかと…私は信じています。
大切な人を亡くした悲しみは完全には消すことはできるのか?
大切な人を亡くした悲しみを完全に消すことは難しいです

それはどうしてかというと、大切な人が亡くなった事実というのは変わらないからです。
私は、5年という月日は経過しましたが、やっぱり心の悲しさというのは今も抱えています。
母や父、祖父のことを大切に思っていたからなんですよね。
でも、だから言って涙があふれて止まらないということはなくなり、笑い話で話せるようになりました。
大切な人を亡くした悲しみというのは、どう頑張っても完全には消すことは出来ません。
そこを完全に消そうと思うと心が疲れてしまいます。
悲しみを完全に消すことができないのなら、どうすればいい?

それはどうしてかというと、無理に急いだからと言って悲しみが消えるわけでもないからです。
急激に悲しみから逃れようとせず、悲しみと向き合いながら、少しずつでいいので心を癒やしていく。
その少しずつの歩みが心を癒していく方法として大切だと考えます。
まとめ:【両親を見送る】大切な人の死から心を癒すためにやったこと

大切な人のを亡くすという経験は誰も望まない、したくないものです。
どうせなら、「そういうものは経験せずに生きれればいいな〜」なんて思ってしまいます。
でも、誰の前にも平等に死がある現実は変わらないし、その現実からは誰も逃げれないのです。
大切な人を亡くすということは、人生の中でこんなにつらい思いをするときはないのではないかというくらい悲しいものです。
でも、その悲しみの中でも、残された人は「今を精一杯生きる」しか道はありません。
急に悲しみから抜け出せればどんなにいいのかと考えることもありましたが、あなたが大切な人を大事に思う気持ちが強ければ強いほど、無理なことです。
みなさんの心から私のように少し、少しと癒やされることを願っています。
少しでも参考になれば嬉しいです。
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